桜神宮

今回は桜の季節にふさわしく世田谷区の桜新町にある桜神宮をお届けします。 東急田園都市線桜新町はサザエさんの町として有名なのでご存知の方も多いことでしょう。 桜新町の駅前の通りを駒沢方面へ歩くこと2、3分のところにあるのが桜神宮です。 沿革 明治十五年五月十五日に大中臣家の六十五代の後裔で伊勢神宮の(筆頭)祢宜であった芳村正秉が、「神社の神官は人を教え導いてはならない」という方向に…

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駒場公園

駒場公園は、加賀百万石(今の石川県)の当主だった旧前田家の前田利為侯爵駒場邸跡です。 京王帝都井の頭線駒場東大前駅から徒歩8分、東大駒場キャンパスのすぐ近くにあります。 現在の公園は、昭和42年に東京都が公園として開園したもので、昭和50年4月から目黒区に移管されました。 園内には旧前田公爵邸として使用されていた洋館と和館があり、見学範囲、見学時間は制限されているものの、一般に公開されてい…

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小石川後楽園 得仁堂

現在、文京区内にある「文京ふるさと歴史館」で特別展『徳川御三家江戸屋敷発掘物語-水戸黄門邸を探る-』が10月21日~12月3日まで開催されています。 それに伴って、小石川後楽園において、唯一の江戸時代から残る建造物『得仁堂』が特別公開されています。     小石川後楽園 得仁堂 概観 水戸光圀が18歳の時、史記「伯夷列伝」を読み感銘を受け、泰伯、伯夷、叔斉の木像を安置した堂です。…

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多摩川浅間神社

多摩川浅間神社(たまがわせんげんじんじゃ)  創建は鎌倉時代と伝えられています。  源頼朝が出陣のおり、北条政子が後を追いかけ、痛んだ足を休めるためこの地で治療をすることとなました。この地の亀甲山(かめのこやま)に昇ったら富士山が見え、富士山の浅間神社に手を合わせ、夫の武運長久を祈り、身に着けていた「正観世音像」をこの丘に建てました。これを地元の人々が「富士浅間大菩薩」と呼び尊崇しました。こ…

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八劔神社(葛飾区)

宝蔵院のすぐ隣にこじんまりとある神社です。 各地に八劔神社があり、八本の剣を神体あるいは祭神とするもののほか、スサノオ、大国主、日本武尊を祭神とするものなど様々あるので、この神社もおそらくこの流れを汲んだものと思われます。 全国的にも珍しい本格的な舞楽、雅楽が三年ごとの10月3日に奉納されます。 ちなみに今年が奉納される年でした。 舞楽とは奈良時代以降、中国から伝来した唐楽などと日本古来…

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奥戸 宝蔵院

宝蔵院 応永二年(1395)旱魃に悩む村人のために雨乞いの霊法を施して一躍有名に なった満空阿闍梨が開いた。天文七年(1538)里見・北条国府台合戦の余波を受けて焼 失したが、慶長十七年(1612)海運法師によって再建された。 詳細は葛飾区の地名の由来を参照下さい。 宝蔵院に関して葛飾の民話「式部薬師とつりがね」があるほど昔から語り継がれる鐘楼です。 楼の下にはその由来を記した作家…

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根津神社

根津神社(ねづじんじゃ)  東京都文京区根津にある神社。「根津権現」とも呼ばれています。 日本武尊が1900年近く前に、創祀したと伝える古社で、東京十社の一つに数えられています。境内はつつじの名所として知られています。 1706年(宝永三年)、江戸幕府五代将軍・徳川綱吉が現在の社殿を奉献、権現造(本殿、幣殿、拝殿を構造的に一体に造る)の傑作ともされている。社殿7棟が国の重要文化財に指定され…

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小石川後楽園

小石川後楽園  江戸時代初期、寛永6年(1629年)に水戸徳川家の祖である頼房が、江戸の上屋敷の庭として造ったもので、二代藩主の光圀の代に完成した庭園です。光圀は作庭に際し、明の儒学者である朱舜水の意見をとり入れ、中国の教え「(士はまさに)天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」から「後楽園」と名づけられました。  庭園は池を中心にした「回遊式泉水庭園」になっており、随所に中国…

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浜離宮恩賜庭園 海手伝い橋

7月25日に改築新装になった浜離宮恩賜庭園の海手伝い橋です。 庭園内を回る道が増えました。 このブログ初登場のデジ一 ソニーα100の画像をご覧下さい。  海側から汐留ビル群に向かって海手伝い橋を撮影 汐留よりから海側に向かって海手伝い橋を撮影 今はキバナコスモスが満開で見頃です! 浜離宮恩賜庭園公式サイト 散策の活力になります。よろしかったらクリッ…

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