浅草時代祭

11月3日 浅草で時代祭が行なわれた。
平成元年から行なわれているというので今年で18回目。

もともとは京都で毎年行われている祭りを模してみようというところからはじまっているそうです。
京都の時代祭は京都の歴史をあらわす扮装をした人々が行列になって歩いていくのに対し、東京の場合は「京都」を「東京」に置き換え、「東京のあけぼの」に始まって、「在原業平」「源頼朝」「北条政子」「太田道灌」「徳川家康」「義士の討ち入り」「新選組」「文明開化」と続き、浅草の馬道通りから雷門通りを練り歩いていく祭りです。総勢28組、約1500人の行列だそうです。

どんなものが行列に参加したのかは  東京時代まつり行列歴史絵巻 をご覧下さい。

DSC08458.JPGまずは時代祭本旗の登場!
これから28の時代絵巻が練り歩きます!


DSC08475.JPG浅草のよろこび 金龍の舞
観音像が祀られた三日後に、天より金麟の龍が舞い降りたと伝えられています。
金龍山浅草寺の山号は、その古寺にちなんだもの。


DSC08484.JPG在原業平 東下り

平安時代の歌人・在原業平が東国に下ります。


DSC08496.JPG源頼朝
豪族達と共に浅草寺に戦勝祈願をしたと伝えられています。


DSC08498.JPG北条政子
源頼朝の妻・北条政子は承久3年、子供を連れ、浅草寺に参拝しました。


三社大権現祭礼
DSC08514.JPG白鷺の舞

DSC08529.JPGびんざさら舞


DSC08559.JPG江戸開祖 太田道灌
康正2年(1456年)、太田道灌は江戸城を築城。
実らない山吹の逸話で有名。


DSC08568.JPG徳川家康 江戸入府
天正18年(1590年)、徳川家康は江戸に入府。
浅草寺を祈願寺に定め、元和2年(1616年)には自ら参詣。信仰は二代秀忠の二天門、三代家光の三社権現社建立へと受け継がれ、安らかなる江戸の礎となってきました。


DSC08622.JPG義士の討ち入り
元禄15年(1702年)12月14日、赤穂浪士四十七士の吉良邸討ち入り。


DSC08638.JPG浅草市村座七福神舞
江戸末期、歌舞伎市村座の座主は浅草観音への信仰が厚く、興行の前狂言として「七福神舞」を上演して観音様の功徳をたたえました。


DSC08656.JPG黒船来航
嘉永6年(1853年)、米大使ペリー率いる黒船が浦賀に来航。


DSC08668.JPG新選組
語る必要のないほど有名な新選組。


子供たちも一生懸命頑張ってます。みんな可愛いよ!
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DSC08643.JPGDSC08645.JPG

たくさんの時代絵巻は面白かいものでした。準備された方々の苦労は大変だったことでしょう。
さすがにこれだけあるとスムーズに流れるというわけには行かず、解説を放送してくれるなど丁寧だったのですが流れが詰ったり、逆に間が開いてしまったりと間延び間が強く、最初は人が多かったのに時間が経つに連れて減って行き、私も最後近くでダイヤモンド富士の撮影に移動してしまいました。

道路に座れるようにシートをひいてくれるので、じっくり座ってみるのにはいい環境ですよ。

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この記事へのコメント

  • 海莉

    楽しく見させてもらいました
    煌びやかと言うか 艶やかと言うか…
    私の住んでる町には ない「お祭り」で
    機会があったら 一度 実際に見てみたいと思いました

    2006年11月07日 16:30
  • ブドリ

    >海莉さん
    こちらにも訪問ありがとうございます。
    なかなかこれだけの行列をそろえたお祭りはないですよ。
    浅草という地名と広い道路があるからこそ出来る事ですね。
    機会があったら見てみると面白いですよ。
    2006年11月08日 08:19

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