良いお年を

11月より始めたこのブログですが、開設以来、累計で2000アクセスを越しました。たくさんの方々に見ていただき本当にありがとうございます。 コメントをしていただいた方々、トラックバックをしていただいた方々、皆様に支えられています。 来年もあちこちを歩き回り、当ブログを充実させたいと思っております。 今後ともよろしくお願いいたします。 本年は本当にありがとうございました。 来る年が皆様…

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芝・増上寺その5

ちょっと間が開きましたけど増上寺編第5回目です。 今回ようやく本殿である大殿です。 大殿 昭和49年、伝統的な寺院建築様式の中に現代建築の枠を結集して、大本山としての念仏道場、諸儀式法要の執行を十分に配慮した斬新な企画のもとに再建されたものです。本堂の本尊阿弥陀如来(室町期製作)は、両脇壇に高祖善導大師と宗祖法然上人の御像が祀られ、参拝される方々の厚い信仰をあつめています。 三…

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芝・増上寺その4

芝・増上寺の第4回目です。 ようやく本堂にたどり着きます。 その前に下の階段の両脇に歌碑があります。歌碑はどちらも法然上人が詠んだものです。 左側にある歌碑   右側にある歌碑 そして下の階段を上がり、次の階段を上がる手前左手に幼少時の法然上人像があります。 本堂にたどり着きましたが、この続きはまた次回に。     

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芝・増上寺その3

芝・増上寺の第3回目です。 増上寺は実にさまざまな碑や塔などがある大寺で、近年も新たに増えています。 今回は、三門をくぐってから本堂である大殿(だいでん)へ続く境内の左側を案内します。 三門をくぐってすぐ左手に聖観世音菩薩があり、その隣に仏足石があります。    聖観世音菩薩/仏足石/仏足石案内 聖観世音菩薩 ホテルニュージャパンの被災者の冥福を祈って建造されたものだ…

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芝・増上寺その2

芝・増上寺の第2回目です。 東京タワーを後ろに控え、時代を映す貴重な場所です。 今回は、三門をくぐってから本堂である大殿(だいでん)へ続く境内を案内します。 三門から大殿までの距離は48間(およそ86m)。これは弥陀の48願に由来するそうです。 山門をくぐるとすぐ右手にあるのがグラント松と呼ばれるヒマラヤ杉です。 アメリカ合衆国第18代大統領グラント将軍が明治12年(187…

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芝・増上寺その1

今回から新たな場所、芝公園界隈を散策します。 芝公園、言わずと知れた増上寺や東京タワーのあるところです。 増上寺 三縁山広度院 増上寺 浄土宗 大本山(ご本尊 阿弥陀如来・南無阿弥陀仏なむあみだぶつ) 開山は明徳4年(1393)酉誉聖聡(ゆうよしょうそう)上人によって、江戸貝塚(現在の千代田区紀尾井町)の地に、浄土宗正統根本念仏道場として創建されました。徳川家康の入府を受け江戸城の拡…

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中目黒界隈10・烏森稲荷/寿福寺

中目黒編第10回です。 前回の中目黒八幡などのある駒沢通りとは東横線の線路をはさんで反対方向になります。 烏森稲荷神社 旧上目黒村宿山組の鎮守。創立年は不明。祭神は蒼稲魂命(うがのみたまのみこと)。上目黒の寿福寺の境内に祀ってあったのを、元禄の頃(1688~1703)に今の場所に移したものです。 その昔、宿山の稲荷講の人達が江戸新橋の烏森稲荷へ参拝に行った時に、狐が白い馬になってつい…

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浅草寺・羽子板市(12/19)

浅草の年の瀬の風物詩「浅草寺の羽子板市」 初めて行って来ました。    まずはご存知「雷門」。 現在の雷門は鉄筋コンクリート製で、松下電器の松下幸之助氏の寄進。昔の姿そのままに再建されているそうな。 さて、この門から続く仲見世通りの奥で羽子板市が! 宝蔵門前に並ぶ屋台。平日のためか人が少ない気が・・・    人出は少なくても賑やかに羽子板売ってます。「どう、お兄さん…

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中目黒界隈9・中目黒八幡神社

ちょっと間が開きましたけど中目黒界隈第9回・中目黒八幡神社です。 正覚寺の山門を駒沢通りの側に出て左手へ進み信号の交差点を左折して進むと5分ぐらいのところに変則的な交差点の角に八幡神社の鳥居が建っています。 中目黒八幡神社 中目黒村の鎮守で誉田別命(応神天皇)を主神とし、天照皇大神を合祀しています。創建年代は不明。新編武蔵風土記に「中目黒鎮守八幡宮」とある。境内には椎・楠・欅・榎などの巨…

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中目黒界隈8・正覚寺

中目黒界隈編も早くも8回目。 前回の天祖神社から駒沢通りを目黒区総合庁舎前のけこぼ坂を下ると反対側に山門が見えます。 そこが今回の正覚寺です。 正覚寺 実相山正覚寺(日蓮宗) 元和5年(1619)日栄上人によって開かれました。初めは碑文谷法華寺(円融寺)の末寺でしたが、後に身延山久遠寺の末寺となりました。 本堂の外に開運殿・国柱法産堂・鐘楼・瘡守稲荷・水掛観音   山門/本堂…

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中目黒界隈7・天祖神社

中目黒編の第7回です。 祐天寺の表門の目の前の駒沢通りを右手方向に進みます。5分ほど歩くと左手に天祖神社の石が見えます。   ここから参道をとおり、少し奥に天祖神社があります。 祭神は天照皇太神(あまてらすおおみかみ)を祀っています。創建の年月はわかりません。ここは古くは伊勢森といわれ、樹齢数百年の木が残っているので、かなり古い時代の創建と考えられます。   中目黒天…

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中目黒界隈6・祐天寺その6

祐天寺編の6回目、とりあえず祐天寺編の最終回となります。 今回は境内とは道路を挟んで隣接している墓地の散策の一部です。 一部というのはあまりにいろいろあるので紹介しきれないのでわかりやすいものです。 (実は、散策に行ったときにちょうど納骨があり、あまり見てまわれませんでした。) 墓地の位置は説明しにくいので興味がある方は足を運んで確認ください。 大正天皇御生母墓 大正天皇…

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中目黒界隈5・祐天寺その5

不定期更新になってます。12月は忘年会で何かと忙しいのでボチボチ更新します。 さて、祐天寺の5回目です。 今回は山門を入って左手に広がっている史跡散策路を案内します。    功徳碑/長州藩・瑞泰夫人功徳碑/姓代姫功徳碑 史跡散策路の最初、外塀を背にして墓石型の大型二基が並んでいます。 左側の一基が本稿の「長州藩・瑞泰夫人功徳碑」で、地上からの高さは170cmあります。 …

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中目黒界隈4・祐天寺その4

祐天寺編その4です。 今回は仁王門から本堂へ向かう参道の右手に並んでいるものです。 下総の羽生村に累という娘が住んでおりました。 累は与右衛門という旅の男を婿に迎えますが、財産だけが目当ての彼は累を川に突き落として殺してしまいます。 その後、与右衛門は新しい妻をめとり、菊という娘が生まれました。 ところが累の怨霊が菊に乗り移り、狂乱してしまいます。 そこへ祐天上人が現れ、…

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中目黒界隈3・祐天寺その3

中目黒・祐天寺編の第3回目です。 今回は仁王門から本堂への参道を本堂から戻ってくる時に右側に見えるお堂などです。 まず、一番本堂よりにある五社稲荷大明神です。 祐天上人誕生の日に、白狐が3回鳴いたという言い伝えのある「随身稲荷」をはじめ、「松黒」、「富山」、「天白」、「妙雲」の五社が「正一位五社稲荷大明神」として祀られています。 その隣に阿弥陀堂があります。 阿弥陀…

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中目黒界隈2・祐天寺その2

先日に引き続いて 祐天寺その2です。 仁王門までたどり着いたので仁王門をくぐったところから進みます。 お参りするだろう順番に辿ります。 仁王門をくぐり本堂へ進む参道右側に、御手洗の水屋二舎が建っています。手前側の一舎は弘化3年建立のようです。 水屋 水屋を過ぎると正面に本堂が構えています。本堂右手には書院があります。また本堂左手には仏舎利殿があります。    …

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中目黒界隈1・祐天寺その1

今回から中目黒界隈をお届けします。 第1回目は祐天寺駅にあるのに住所は中目黒の祐天寺です。 中目黒から駒沢通り沿いに歩くと15分ぐらいのところにあります。 祐天寺:明顕山 祐天寺 詳しくは公式ホームページをご覧下さい。 享保3年(1718)祐天上人を開山と仰ぎその高弟祐海承認が創建した寺院です。 享保8年「明顕山祐天寺」の寺号が授与され、以来、将軍吉宗の浄財喜捨や特別の保護を受ける…

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目黒界隈(碑文谷)編・円融寺2

目黒界隈(碑文谷)編・円融寺 第2回目です。 仁王門をくぐると正面に釈迦堂があり、その奥に本堂である阿弥陀堂があります。   釈迦堂/阿弥陀堂 釈迦堂 室町初期に建てられた物で木造建築では都内最古。国の重要文化財に指定されています。入母屋造りの優美な屋根は、もとは茅ぶきでしたが、昭和27年銅板に葺き替えられました。 阿弥陀堂 昭和50年積年の夢だった本堂である阿弥陀堂が再建…

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目黒界隈(碑文谷)編・円融寺1

今回は目黒区碑文谷にある円融寺です。 円融寺 天台宗の慈覚大師により嘉祥元年(848)に「妙光山法服寺」として創建されたと伝えられます。弘安6年(1283)日源上人により、日蓮宗に改宗され「法華寺」と称したのですが、江戸時代になって教義の不受不施派寺院(法華教信者以外からはお布施を受けない)として幕府の法要等には参加しなかった為に厳しい弾圧を受け、元の天台宗に戻されて「経王山円融寺」と改…

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